長い間、病気との闘い!お疲れさまでした。
画面では病気の事など、かけらも感じさせなかった。

関係者によると渡さんは俊子さんに対し「自分の訃報は、葬儀などすべてが終わるまで誰にも知らせるな」という趣旨の「遺言」を残していたという。社葬も行わないよう言い置いていた。自身のことで人を巻き込みたくない、という“男気”だった。舘ひろし、神田正輝ら石原軍団所属俳優にも最期を知らせず、1人で旅立った。石原プロ社員、俳優たちには12日、死去が伝えられた。家族葬には舘ら俳優もかけつけることができなかったという。 闘病生活も長かった。91年直腸がん、97年大腸がんで手術を受け近年は持病の肺気腫、呼吸器疾患もあった。だがリハビリに取り組みつつ新聞にくまなく目を通すなど再び現場に立つ意欲は衰えなかった。俳優はスクリーンや画面の中で見せるものがすべて、弱った姿を見せるものではないという姿勢は一貫した。

17年3月に弟の俳優渡瀬恒彦さんが72歳で亡くなったことは大きな悲しみだった。「この喪失感は何とも言葉になりません。つらさが募るばかりです」とのコメントを発表、渡瀬さんが最後まで現場復帰を願いかなわなかったことを知ると「無念です」と話した。

日刊スポーツより

自分が亡き後の引き方、人間的にもカッコよすぎ!
本当にお疲れさまでした

最高の兄弟です。